【保存版まとめ】PewDiePieが告白した、今まで話したことがなかった事柄114個

2017年の3月25日、

PewDiePieが友達からの質問にありのままに答えるという、
1時間以上のインタビューを受けた動画がアップされ多くの注目を集めました。

今回の記事では、その内容をシェアします。(元動画はこちら

 

114個の質問があります。

初めて知ることも多くて、めちゃくちゃ聞き応えありました笑
すごい量なので、特に重要だったり面白いと思った内容には「!」マークをつけました!
どれも興味深い受け答えですが、忙しい方はまず「!」を中心に見ていくのもありかと思います

それでは、お楽しみくださいませ。

 

目次

YouTubeの最初の思い出は?

最初の動画作ったとき?覚えてるよ笑
最初の動画ではマインクラフトで遊んだ。誰も覚えてないと思うな笑
その頃はそんなにクールじゃなかったし、名前は「アルファ」だった。

当時ゲーム実況をしている人は少なかったと思う。
自分を撮影しながらゲームできるってことに夢中だったんだ。
それが一番イケてることだと思った。

YouTubeが有名になる1年前から、ゲームを録画したいと思ってたよ。
とても面白いと思って。

 

マインクラフトが動画を撮った最初の経験だった?

やっとパソコンを手に入れて、録画できるようになったから、
「よし、これが最初だ」って。
プレイしながら話てるのを録画したのは、それが初めてだよ。

 

「!」まだその動画持ってる?

持ってない。その動画を探し回ったんだけどね。
その動画は「マシネマ」に投稿して、返事が来たんだ。
そのメールを見つけたんだけど、リンクが壊れてた。
残念だった。

洞窟に入ったらスケルトンが出て来て、ビビって叫びまくったのをよく覚えてる。
面白いと思って友達に送ったら、友達も面白がってくれて。
「最高だ、めちゃくちゃ面白いって保証する」って言ってくれた。

それが最初の動画だったな。
友達に動画を送ったのは、誰も見てくれる人がいないのにそんなことするのがおかしいと思ったから。
だから誰かに送って、見てくれる人を増やそうと思った。
わかる?

YouTubeで見てくれてる人は、観客になるわけで、俺には観客がいなかった。
でないと「誰のために動画作ってるんだ?マイク越しに誰に話しかけてるんだ?」
って思うから。笑

 

誰かに話しかけてるつもりでやってた?

わからないよ。
自分でも変だと思ってた。
部屋で一人でマイクに話しかけてるって。
どうしたんだ?って感じだろ

 

マインクラフトのアバターはどんなのだった?

アバターは持ってなかったよ。
そこまでオタクじゃなかった。

 

普通のキャラクターで遊んでた?

俺はPewDieだったよ。

 

いつまでPewDieとして遊んだの?

PewDiePieとしてYouTubeを始めるまで。

 

最初のころ、YouTubeで誰かを観てた?

「シーナター」と「ハッチ」を観てた。
2人は当時一番有名なコールオブデューティーの実況者だった。
ゲームしながら話すのがとてもかっこいいと思った。

その発想を気に入ったんだ。
他にそんなことをしてる人は見なかったな。

 

友達と話しながらオンラインゲームで遊んだりした?

社交的な意味では、友達とネットカフェに行って遊んだよ。
「よう、遊ぼうぜ」って。
そういう付き合いだったよ、暗い部屋のスクリーンの前に座って喚いて。

 

初めてネットカフェに行ったのは何歳だった?

確か14歳のときかな。

 

家にコンピューターがあったのネットカフェに行ってたの?

両親があまりゲームで遊んでほしくなかったみたい。
「はい、もうやりすぎだよ。外で遊んで来なさい」って言われたらすぐに
「わかった、外で遊んでくるよ」って。

でもネットカフェいってたんだ笑
邪魔されない楽しい空間だったからね。

 

どのゲームをが好きだった?

「ドータ」とか「リーグオブ・レジェンド」で遊んでたよ。
今では人気だよね

 

女の子もネットカフェにいた?

たくさんいたよ。
うそ、女の子なんていなかったよ。何言ってるんだ笑

彼女を連れて来たやつがいたけど、
「何やってんだ、彼女全然興味持ってないじゃん」って思ったよ。
彼女は「なんで私ここにいるんだろ?」って感じで座ってたよ。

 

ゲームしてることに関して両親は心配してた?

うん、ゲームやってることは隠してたよ。

 

今になって両親とその話をしたりする?

冗談のネタにしたりしてるよ。
彼らはゲームに関して厳しかったから、
「ゲームはよくないから、しちゃダメだよ」って。

彼らは僕がゲームに集中してる時は、YouTubeでもそうであるように、
興奮状態になるって知ってたから。

僕が何かに100%集中するのはゲームしてるときだったから、将来を心配したんだろうね。
他の親と同じように彼らはゲームで身を立てる未来が見えなかったんだ。

どうにかそうできたけど。
まぁ、そのことで冗談言ったりするよ。

 

両親は君(pewdiepie)にどうなって欲しかったのかな?

どうかな・・・

しばらく母親がやってたことを勉強したよ。
産業マネジメントと経済。両親が出会った学校でね。

彼らの後を追ってたって感じ。
その時は何をしたいかわからなかったから。

 

お母さんは何をしてた?

IT関係だよ。何をやってるかよくわからない笑
CIOなんだけど、自分にはよく違いがわからない。

 

両親はYouTubeのコメント読む?

いや、読まないと思う。
いや、読むかも。

母さんが読むの好きなんだ。
彼女一回動画に出たんだけど、その動画のコメントを読むのが好きなんだよ。

 

家族が出る動画を撮るのはどんな気分だった?

ちょっと気まずかったよ笑

 

それにはお姉さんも出てたね

うん、面白かったよ。

 

ずっと家族に動画に出て欲しかった?

いや、家族の方から動画に出してくれるように頼んできたんだよ。
僕は注目を集めたりするのはあまり重視しないんだけど、

悪くない意味で、母さんと姉さんは注目を集めるのが好きなんだ。
彼女らは自分たちに関するコメント読んだりするのが好きなんだよ。
だから、家族の動画を作って欲しかったんだろうね。

父さんは嫌がってたよ。
僕と同じで、注目されることにはあまり興味ないから。

 

もっと家族との動画を作ろうと思ったことはある?

うん、もちろん。
あんまり家族とは合わないから、
「やぁ、久々に会ったね。動画撮ろうか!」っていうのはおかしいけど笑

 

スェーデンは恋しい?

う〜ん、あんまり笑

 

いつスウェーデンを離れることに決めた?

マルツィアに会うまではそうしようと思わなかったよ。
彼女と一緒に居たかったから。
一緒に居なきゃいけないと思ったんだ。
だから、彼女に会ったことで、スウェーデンを離れようと思った。

 

マルツィアに会う前はどこに居て、何をしてた?

スウェーデンの夏。
たくさんの女の子がいたけど、オンラインで出会ったマルツィアに釘付けだったよ。
港の誘導員をしてた。

 

それはどんな仕事?

船をどこに停めるか指示を出してたよ。
駐車場の警備員さんみたいな感じ笑

 

マルツィアの前に、ネットで人間関係を作ったことはある?

一回だけ。でも特に発展しなかった。
マルツィアが初めてネット上で真剣に付き合った人だよ。

インターネット上の人間関係は会わずに会話できるから簡単だけど、
そのまま打ち解けても会うことがないのはおかしいよね。

僕は彼女すぐにでも会いたかったんだ。
マルツィアの元にはすぐに飛び込んだよ。

 

マルツィアに会いに行くまでどれくらいかかった?

2ヶ月かな。
夏の始まりにマルツィアと話し始めて、
夏の終わりに港の誘導員として貯めたお金で会いに行った。

 

「!」マルツィアとはスカイプで話してたの?

マルツィアは恥ずかしがりだったから、スカイプで直接話したがらなかったんだ。
だから、写真で釣られてるだけかもしれないと思ったこともある。笑
実は変なやつかもしれないからね笑

代わりに写真とかビデオを送りあってたよ。
メールしたり。

最初彼女は英語が苦手だったから、普通のメッセージを送るのに20分かかったりした。
友達に僕からの手紙を読んでもらってたらしくて、
「友達に全部見せてたのかよ」って感じだった。

 

彼女が送ってくれたビデオはとってある?

持ってるよ。
見せないけど笑

僕のチャンネルで「非公開」にしてるだけだから、危険だね。

 

彼女に動画を送ってたのはYouTubeを始める前?

半年前からYouTubeは始めてたよ。

 

彼女が特別だと思ったきっかけは?

綺麗だったこと笑

 

2人の共通点はあった?

特になかったよ。
ただ話すのを楽しんでた。

 

港の誘導員をやめるときはどうだった?

クビになったんだ笑

 

「!」どうしてクビになったの?

「ゴールデンアイ」っていう大きい船が来て興奮してたんだ。
「誘導員として記念すべき瞬間だ!」って。
だから、場所をとったんだ。

でもうちの港は小さすぎたんだよね。

それで、事務所に行って、ボスに言ったんだ。
「すごいですよ!ゴールデンアイが来ます!」

彼女は
「いや、何してんの?この港に停まれるわけないでしょ。すぐ無線を掛け直しなさい」言ったんだ。

僕はこう言ったんだ。
「連絡先を聞いてませんでした・・・」笑

だからゴールデンアイは来るしかなかったんだよね。
やらかしたんだ笑

 

そのあとゴールデンアイの船長と話した?

いや、その時点でクビになった。
だから会うのは許されなかったよ。

 

「!」その前にも、港の仕事で失敗したことはあった?

その話をしろというのか笑

それまで床でクソを漏らしたことはなかった。
でもその港で漏らしちゃったんだ。港で仕事する前なんだけどね。
事故だったんだ。

港の近くでパーティーがあったんだけど、
そのパーティーで変なもの食べたんだ。
みんなが料理を持ち込むパーティーなんていうんだっけ?

俺はステーキを持って来て、いとこがバヨネーズソース持って来た。
そのバヨネーズソースを食べてから数時間後に、
「やべ、今すぐトイレ行かなきゃ。そうしないとご近所さんの前で漏らすことになる」
ってなって・・・

それまで大便するため走ったことはなかったよ笑
緊急事態だったんだ。

「あの車の裏でやるか?いや、あそこにトイレがある。間に合う!」

でもそこには長い列があって、
「みんな、緊急事態なんだ」って言っても誰も聞いてくれなくて

他のところに走ったら、
トイレがあって、鍵がついてたけど開いたんだ。
でも開けてみると、それはシャワーだったんだ。

俺の肛門はその部屋で起こる運命を決めていたんだ。
だから、しゃがんでシャワー室で用を足した。
シャワー室に大量のうんこが・・・笑

後日その港で仕事を見つけたんだけど、
よくシャワー室でうんこしたやつの話がされてたよ笑

その話を聞くたびに、
「それはひどい、なんでそんなことできるんでしょうね」って答えてた笑

でも彼の名誉のために、
「その日はついてなかったんでしょう」
「きっと何か悪いものでも食べたんだ」
とも言った。

クビにはなったけど、俺のクソを掃除させたから、まぁいいよね笑

 

ホットドッグを売ってたのはいつ?

ホットドッグを売ってたのはその後。

マルツィアに会って、お互い一緒にいたいと思ったけどお金がなかった。
飛行機のチケットは頻繁に会うには高すぎたから、仕事が必要だと思った。

この頃に、大学で勉強し続けるのは嫌だと思い始めた。
本当に嫌だった。最悪だったよ。

 

なにがそんなに嫌だったの?

大学の最初の2週間は、任意参加で新人歓迎期間があったんだ。
でも任意だから参加しなかった。

ゲームしてたかったから。

2週間後に戻ったらすでにグループが出来上がってて、
「・・・なるほどね」って笑

どこにも馴染めなかった。

 

スウェーデンの新人歓迎はどんなの?

飲みまくるだけだよ。
おしゃれして、変なことして、そういうの好きじゃなかったんだ。
そのおかげで、友達ができなかった。

「どこ座ろうか」とか「5分休憩で何をしようか」とか、
そんな単純なことが問題になって、大学が嫌いになった。

 

友達を作るのにどれくらいかかった?

友達はいたけど、そんなにつるんでなかった。
大学のことどうでもよかったから。

単位よりもゲームにハマってたから笑

最高の成績があって、かつ入試を通らないといけない学校だったから、
勉強熱心な奴が多かった。

俺はゲームがしたかっただけだけど笑

 

今日も使ってるようなことは大学で学んだ?

そうでもないね。
物理と数学は面白かったけど。
経済学も役に立ったかもしれないけど、今でも役立ってるものはない。

もしその時にYouTubeや映画関係のことを学んでいたらと思うと、
腹がたつね。

とにかく、学校ではグループには入れず、のけもので、毎日登校するのがめんどくさかった。

 

「!」大学に戻って勉強し直したいっていう人もよくいるけど?

嫌だね。糞食らえだ。
絶対戻りたくないよ。

「マス・ラボ」てコースを取ってたんだけど、大嫌いだった。
数学とプログラミングだったんだけど、嫌いだった。

集中すればなんとかなると思ったんだけど、そこまで賢くなかった。
難しすぎて、「俺は何をしているんだ」って。

で、辞めて、両親は、「そうか、じゃぁ自分のことは自分でなんとかしなさいよ」って。
家賃とか・・・
厳しく聞こえるかもしれないけど、真っ当だと思う。

それで「仕事でもすればいい。大したことないさ」って思ったけど、
仕事を見つけるのは大変だったんだ。

ツテもなくて、両親が間違ってるって証明するのに必死だった。
それでホットドッグを売り始めたわけ。

悪くなかったよ。
屋台は道を挟んで大学の目の前だったから、クラスの子とかよく来たよ。
俺は彼らのことを知らなかったけど、向こうは俺のこと知ってたから、
「あ、今ここにいるのね」って。

みんな大学で一角の人物になってる中、俺は屋台でホットドック売ってんたんだ。

面白いのが、担当だった先生が1回屋台に来たんだ。
で、俺のこと知らないふりをしてたんだ笑

「気にすんなよ、俺は恥ずかしくないよ?」って思ってたんだけど、
知らないふりし続けてたね。

とても恥ずかしいと思ったんだろうね。

 

他のホットドッグ食べたくないと思ったりした?

そうは思わなかった。
最高のホットドッグを作ってたけど。

 

「!」最高のホットドッグの秘密は?

実はハンバーガーも売ってんたんだけど、ホットドッグに関しては・・・
一緒に働いてたヤツがケチで、倹約家って言ったほうがいいかな笑

「ホットドッグは焼くな」って。
作りすぎたら捨てなきゃいけないからね。
だから「チンしてソースにつけとけ。そうすりゃ違いはわからん」って笑

 

実際にそうしたの?

やれって言われたから笑
俺有罪かな?笑

 

「!」そのホットドッグ屋台には戻ったことある?

いや、ないよ。

でもホットドッグ屋台の人は俺のこと気に入ってくれたんだ。
言う通りにしたから笑

渡すナプキンも節約したよ笑

仕事はクソでも、上司がいい人でよかったよ。

多分、僕のYouTubeもフォローしてると思う。

彼には当時自分のYouTube動画も見せたんだ。そしたら
「へ〜凄いな。これで金稼げるのか?」って聞いて来て、
ブッグになれば大金を稼げるよ」答えたら
「すげぇな」って。

当時自分の目標はチャンネルを大きくして、それで生活することだった。
それから・・・スポンサーと契約して、誰かが広告を貼ったから1秒ごとに金が入るようになった。
だから「じゃ、またね〜」って笑

これはひどい記憶だから、言うべきじゃないかもしれないけど、
やめることを彼に伝えなかったんだ。
とても申し訳ない気がしたから。

やめた次の日にはマルツィアに会いにイタリアに行く予定で、
店の鍵も置いて来たんだ。
経由でアムステルダムに降りたら、彼から着信が10件もあって。
「これは電話しないと・・・」って。

彼は僕がやめたことが悲しくて、泣いてたんだ。

ごめんね、名前は覚えてないけど、一緒に最高のホットドッグ作ったよな笑

 

将来YouTuberになることを決めたのはいつ?

いつもYouTubeの夢は大きく描いてたよ。
どれだけバカらしくても、とにかく始めたかった。

変な話で、YouTubeを通して出会った友達は俺を大物みたいに扱ったんだ。
まだ登録者が100人もいってなかったのに。

よくわからないけど、多分声とかが特別だったから、いつか大物になる予感がしたんじゃないかな?
みんな俺を特別扱いしたけど、
俺は登録者100人もいってなかったから、変な気分だった。

でも、最初からいろんなものを与えられるって予感はあった。

 

チャンネル登録100人を迎えた時はどんな気持ちだった?

100人に到達する前は30人しかいなかった。
そしたら誰かが「Sub Box」に入れてくれたんだ。

当時はそれは大ごとで、
そこに入れてくれると、自動的に登録者が増えるんだ。
自分の動画なんて興味なくてもね笑
数が取れる。

夜が明けたら登録者が100人になってて、
「マジか・・・!最大のYouTuberになれるぞ!」って笑

クレイジーだったよ。
人生で最も重大な出来事だった。

 

たくさんの人が見るようになって、動画作りへ意識は変わった?

いや、たくさんの人に見られてることはあまり意識してない。
できるだけたくさんの人を引っ掛けて、見てもらってるって感じ。
たくさんの観客がいるような意識はない。

当時は、「How’s it going bro」とかやってなかった。
「Bro」(相棒)が僕の観客なんだ。

 

「!」Bro Army(ピューディパイのファン名称)のイメージが固まったきっかけは?

アムネシアで遊んだ時だね。
最初にアムネシアを取った時、「ジョークは言わない」って言ったんだ。
ゲームの雰囲気を壊しちゃうと思って。怖がりたかったんだ。

いろんな人に反対されたよ。
「変わっちゃったね。ジョークを言わないなんて」って。
それでジョークを言い始めたんだけど、
ジョークがホラーをコメディーに変えてしまうのが面白いと思ったんだ。

その組み合わせは、ゲームをしてきて見たことのないものだった。
だからとても面白いと思って、もっとやりたいと思ったんだ。

モンスターを「Bro」って呼んでみたり、
「こっち来いよBro」って言ったり。

それで「視聴者もBroって呼ぼう」って思いついたんだ。
コミュニティーと視聴者との距離が近くなるし。
それはうまく行ったよ。

 

登録者が少ない時、コミュニケーションのためにコメントに返信したりした?

「Friday with PewDiePie」がコミュニケーションの手段だったよ。
それで見てくれてるっていう自覚もできた。

 

視聴者と個人的なコミュニケーションは取ろうとした?

してない。

 

「初期から動画を見てた」っていう人はいる?

みんな「初期からずっと見てた」っていうよ。
あんまり真に受けないけど笑

「8年間ビデオ見てるよ!」って行ってくる人もいたけど、
「いや、6年しかビデオ作ってないよ」って。

「4年間見てるよ!」って言ってた人のプロフィールを見ると、
その人のアカウントは2016年に作られてたり。

だから真に受けないんだけど、
ファンに直接あったら彼らの言動から昔ながらのファンだってわかるから、
それは最高だよ。

 

スポンサーがついて人生が変わった時は、どんな気持ちだった?

人生で最高の瞬間だったよ。
実質、YouTubeで生きていけるようになったんだ。
それが夢であり、ゴールだったんだ。
当時は誰にも言わなかったけど。

その時のことを考えるだけでちょっと泣けるよ。

 

スポンサーをつけるのは計画に入ってた?

当時YouTubeはゲーム動画の作成者とパートナーを組まなかった。

スポンサーが必要なのわかってたけど、
直接契約したんじゃなくて、知らない人が繋げてくれたんだ。

ゆるい契約だったよ。
自分の生活を担ってくれる会社と、コンタクトしたことなかったんだから。

小切手が毎週毎月くることを望んでただけさ。

 

「!」契約内容には満足だった?

いや、契約書になんて書いてるか理解すらできなかった。
調べると、契約は違法だったんだ。

当時英語がよくわからなかったんだけど、それは永続的に雇用される内容だったんだ。
父さんが弁護士に見せたら、「ちょっと待てよ」って笑

 

でも動画作成を続けられそうなことは満足だった?

一番初めにもらった契約は、クソだった。
収入が半分取られるとか。

でも俺は「やったぜ!YouTubeで生きていける!最高じゃねーか!」って。
当時アドセンスはもうちょっと高額だったから、そんなに視聴者がいなくても食べていけたと思う。
当時は月1500万再生ぐらいだったかな。

 

マルツィアに会いにイタリアに行った頃には稼げてた?

いや、その時にはマルツィアがスウェーデンに来てた。
両親が「イタリアへのお金どうすんの?」って訪ねて来て、
俺は「どうにでもなる」って思ったけど、彼らが正しかった笑

飛行機代がなかったから、彼女が一緒に住みに来たんだ。
「どうしよう」って感じだったね。

契約が取れるのはわかってたけど、その時点ではお金は発生してなかった。

 

「!」マルツィアはホットドッグ売りと恋に落ちたってことだね

そうだね。間違いない笑

マルツィアは8ヶ月いることになってて、田舎で生活することになったんだ。
田舎の子どもをバカにしてたのに笑
僕はいい学校に通わせてもらってたから。

学校では名前と住所を書かなきゃいけなかったんだけど、
田舎かから来た子をバカにしてた笑

そうやってバカにしてたら、田舎に住むことになっちゃった。
でもとても良かったよ。とてもいい日々だった。

お金がなくて、慎ましい日々でもあった。
インスタントヌードルを巡ってマルツィアと喧嘩したこともあったよ。

2人分の料金で3食分買える時に、
マルツィアが「私も買いたい」って言ったんだけど、
「だめだよ、お金ないんだから」って。

200円とか300円の話なんだけどね笑

 

文通から一緒に住むようになったんだね

早かったね。
とてもうまく運んだと思うよ。

遠く離れてて、しかも文通から始めるような関係だと、
普通より互いのことを強く意識するようになるから。

 

マルツィアと空港で初めてあった時はどんな感じだった?

究極的に気まずかった。

彼女は恥ずかしがりで、僕もちょっと恥ずかしがりで、
彼女は英語もそんなにできなかったし。
初めて会った時は気まずかったな。

 

「!」彼女と初めて目があった場所はどこだった?

飛行機が着陸したとき、「俺は一体何やってるんだ?」って思ったよ。
飛行機を降りたくないとまで感じた。
怖かったよ。

で、飛行機を降りて彼女にあった。
思ってたよりも断然綺麗だったよ。

気まずかったけどね。
最初の1時間は気まずい雰囲気だった。

でも彼女が肩に頭をもたれさせてくれて、打ち解けられた。
そのあとは距離を感じることはなくなった。

 

いい関係を築くための秘訣は何?

秘訣なんてあるかわからないけど、
お互いを気遣うことでうまくいくと思う。

彼女はずっとついて来てくれて、
僕のことをわかってくれるし、支えてくれる。
お互い理解しあってる。

 

一緒にスウェーデンに住むまで、マルツィアは何をしてたの?

彼女は大学に通ってたんだけど、スウェーデンに来るために休学したんだ。
また大学に戻る予定だったんだけど、
スウェーデンに来たのをきっかけに動画を作り始めたから、そっちの方が重要になったんだ。

目の前の段階を踏んでる感じだった。
何もプランはなかったし、一緒に住むにはこうするしかなかった。

 

「!」マルツィアの動画を撮影してるのはピューディパイだっていう噂があるけど?

うん、全部僕がとってた。
彼女は僕を最低のカメラマンだって言ったけど、
でもコメントを見ると

「とてもいいカメラワークだね!誰が撮ったの?」って。
僕だよ!笑
他にはいない。

 

彼女はいつ動画を撮ろうと決めたの?

マルツィアは他の人の動画を見て、感銘を受けたんだ。
彼女はドッグシッターの仕事してたから、動画は全部僕が作ってたんだ。

 

当時飼ってた犬の名前は?

グスタフだよ。最悪だった。
エドガーよりひどかった。

朝6時で疲れて死にそうなのに、寝かしてくれなかった。

 

エドガーに初めて出会ったのはいつ?

3年か4年前かな。

 

エドガーはどこで見つけたの?

犬舎で。
そこから連れて来たんだけど、人生で最大の失敗だよ。

最初から分かってればよかった。
彼はやんちゃでとても可愛かった。

電車に乗ってもじっとしてなくて、
家から離れて緊張してるんだと思ったけど、
家に連れて来てもずっとうろちょろしてた。

僕らが寝ても止まらなかったんだよ。
どこでも小便するし、オーナーに電話したんだ。
「この犬の世話はできません。無理です」って。

そしたら、映画とかで悪い魔女がいるじゃん?
そんな感じで、
「彼は戻せないよ。彼がいなくなってせいせいしてるんだから」って。
本当にそう言ったんだよ。

「え〜!?」って感じだった笑
この犬に取り憑かれたって気づいた瞬間だよ。

 

エドガーとマヤ、先にどっちを飼ってたの?

マヤが先だよ。
彼女はスウェーデンで買った。
片目が潰れてるから、安かったんだ笑

彼女はすでに躾けられてて、歳をとってたから世話しやすかったんだ。
そういう意味では彼女に助けられてたよ。

 

マヤの目はなぜ潰れたの?

猫が引っ掻いたらしい。
本当かどうかわからないけど。

 

さっきの慎ましい時期の話に戻るけど、それはどれぐらい続いたの?

8ヶ月だよ。
その間に、僕のチャンネルは急成長したんだ。

でも家賃が払えない時もあった。
家主につけといてもらおうとしたけど、
どうしても両親から借りなきゃいけない時があった。
そんなことしたくなかったけど。

なんとかなったよ。
なんとかYouTubeからの支払いまで漕ぎ着けた。

その時はチャンネル登録者が20万人で、あまり多く聞こえないけど、
当時としては多かった。

 

お気に入りのYouTuberは誰?

今お気に入りはいないな・・・

僕だよ、僕以上のやつはいない。
ウソだよ笑

 

自分の動画を愛してる?

愛してるっていうと言い過ぎだな。
いい感じだと思うよ。

自分の動画を見るのは好きだよ。
面白いから。

 

「これこそ俺の動画だ!」っていう動画はある?

そうな動画はないよ笑
だからみんな、僕が何やってるかよくわからないんだろうな。

いろんなことをやってるから、明確じゃないね。
僕のことをゲーマーだって思ってる人もいるけど、
半分はゲームの動画じゃないし。

わからない。
変わり続けてるから、これっていうのは見せにくいね。

 

自分でも、見直したら気恥ずかしくなるような動画はある?

2005年以前の動画だね笑
お願いだから見ないでほしい。

 

動画を撮ってる中で、自分でも何やってるかわからなくなることある?

あるね笑
いいと思うよ。

動画の自分と普段の自分は違うから。

 

自身で立ち上げたスポンサーである「Rebelmode」のゴールは?

仲間を作ることだよ。

初期に学んだことがあって、

フランスでPewDiePieのプロダクションをした時、
突然たくさんのカメラと、大量の知らない人たちの前に立つのが
どれだけ気がひけるか学んだんだ。

特に僕みたいにそこまで社交的でない人にとって。

全然知らない人とコラボするのは気が引けたんだ。
だから、すでに仲のいい人がそういう場にいればいいと思って。

 

「!」そのフランスでのプロダクションにはどんな経緯があったの?

僕のスポンサーから「旅費を出すから、ショーをしないか?」って言われたから、
「いいじゃん」って思って。
よくなかったけど。

できるだけたくさんの動画を絞り出そうとしてた。
30本ぐらいとったかな。
4つしか出なかったけど笑

彼らは全部準備してた。
いいカメラ、いいカメラマン、いい照明、いい環境。
でもそれはYouTubeの鍵じゃない。

人々が気にするのは内容だけだ。
彼らは楽しませてほしいんだ。

 

それがプロ仕様の撮影環境の初体験?

あぁ、そうだよ。
初めてのプロ仕様だった。

視聴者からの反応は
「全然気に入らない」だった。
最初はたくさんのブーイングが来た。

「ぐ・・・何が間違ってたんだ?」って感じだった。

頭の中では「これはすごいぞ!みんな気に入ってくれる!」って思ってた。
でも違った。

 

個人的にはいい経験だった?

いい練習だったよ。
部屋に引きこもって撮ってたのが、突然たくさんの人とカメラの前に出るのは変な感じだったけど。
その違和感を乗り越えるいい経験だった。

 

その経験から、今日も付き合ってる友達はできた?

いや、いないよ。
ケンのことはすでに知ってたし。
でもそれが初めてケンと出会った時だよ。

長いこと一緒にいたね。
楽しかったよ。

 

「!」ケンとはどうやって出会ったの?

「シャウトアウトコンテスト」だね。
(PewDiePie宛に投稿された動画から、面白い動画を本人が選んで紹介する企画)
それは嫌いだったけど笑
ケンはそれで勝ち残ったんだ。

僕は彼を選んでないんだよ。
投稿された動画を見てたら、マルツィアが、「彼はどう?」って。

俺は「いや〜好きじゃないよ」って感じだったんだけど、
「わかった、彼を選ぶよ」って笑

それでケンの動画はまぁまぁ視聴者が増えた。
それまで彼のことはよく知らなかったんだけど、彼のお礼の動画を見て、
「こいつすげークールじゃん」って。
それから気軽に話すようになった。

それ以来フランスには行ってない。

 

もうそんなツアーはしない?

もうしないと思う。
そこから学んだことは、
機材なんてどうでもよくて、視聴者はただ楽しみたいということ。

もし僕の動画のクオリティが欠けたら、視聴者はそれに気づいて、その動画を嫌うと思う。

 

「!」ビデオに向かう姿勢は昔と今とでは変わった?

当時は・・・

面白いことに、みんな僕の古い動画を引っ張り出して来て懐かしがってるんだ。
「昔の動画は素晴らしい。もっと面白くて、もっと良かった」

でも、あれらはひどいよ。
僕はよくわかってる。

録画ボタンをおす、10分録画する、アップロードする
それだけだった。

思慮も努力もなかった。
ただのゲームしてる僕だよ。
可愛げはあったかもしれないけど。

でもゲーム内で謎解きを抜け出せなくなった時、
抜け出すまで3話かかった時もあった。
カットしてなかったから笑
見るに絶えなかっただろうね。

みんな喚いてたよ「お前頭大丈夫かって」

今では、アイディアを書き出して、頭の中で巡らせて、
部分によっては試したりする。

最初から最後までうまく進むように、構造を理解しておくんだ。
それで、よく練られた見やすい動画になる。

ただ録画ボタンを押して、止めるだけよりもね。

だから、全然違うね。

 

「!」動画のインスピレーションはどこから来るの?

至る所から拾えるよ。
心を広げる、みたいな笑

他のYouTuberからインスピレーションを得ることが多い。
これ面白いから、僕もやってみようって。

他のYouTuberも、他のYouTuberがやってる面白いことを見つけて、
取り入れてるよ。

YouTubeではそうしてるよ。
他の人のを見てると、同じことして見たくなる。

例えば、ハッピーウィールをやったことのない人は
「ハッピーウィールやってみよう。これはいい考えだ」ってならないよ。

他の人のやってるのを見て、自分もやりたくなるんだ。

 

「!」最初にハッピーウィールをやり始めたのは誰?

わからないな。
「ウーバーヘックス・ノエル(?)」が当時一番有名だったけど。

実は、僕が「ハッピーウィール」を始めた時、大不評だったんだ。
「ホラーゲームに戻ってくれ!こんなのゴミだ」って。

「マジか、やばいな」って感じだった。
でも僕自身は楽しくて、おもしろいと思ってたんだ。

で、やり続けたら、YouTubeで一番人気なシリーズになったよ。

そこでも学んだのが、常に視聴者に従うべきじゃないってこと。
それがいつ従うべきで、いつ従わないべきかはわからないけど。

 

視聴者の見たいものを見せる人が成功するのが普通だけど?

もし視聴者に100%従ってたら、今の僕はいないよ。

ある時にわかったんだ。
当時僕はホラーゲームにハマってたんだけど、そんなに多くのホラーゲームはなかった。
一握りしかなかったんだ。

だから、ホラーゲームを一つ一つ発掘したんだ。
ホラーゲームをやり続けるために。

その時わかったんだね。
何かをやり続けたいなら、その中で違ったことをやり続けなかきゃいけない。
同じことをやり続けるのもいいんだけど、うまくいかないと思う。

個人的には毎日「元気か兄弟!あー!」ってやるのが辛い時もあった。
毎日ビビらされて。それに対する期待もあったし。

 

今まで動画を作って来たけど、次の新しい動画作りの発展はある?

わからない。
やりたいことはいくつかあるけど、
大事なのは楽しめるかどうかだよ。

どこまで動画を作り続けるかわからないけど、
楽しみ続けたい。
これからもね。

 

これからのYouTuberに関してどう思う?

世の中では、Youtuberの存在は小さいと思う。
そのたくさんの視聴者に対して。

YouTubeはもっと発展すると思ったけど。
成長し続けてはいるけど、そんなに現状が変わってないのに驚いてる。

もし明日の朝起きて、YouTubeのCEOになったらどうする?

それは難しそうだね。たくさんの関係者がいるし。
やりたくないな笑

自分なら、ユーザーともっとコミュニケーションを取るようにする。
何が起こっている知らせたり。

たくさんのユーザーがいるけど、YouTubeはまだ「会社」だ。
使用者とコミュニケーションを取る手段を持っていない。

このウェブサイトは大好きだ。
だけど、Youtubeと使用者使用者の間には壁があるから、
もしCEOになったらその壁を取り払おうとすると思うよ。

 

Youtubeでナンバーワンになった日のはいつ?その日は何が起こった?

2014年だったと思う。
で・・・よく覚えてないな。
その時はロサンゼルスにいたと思う。

 

その日はSmoshと動画をとってたって聞いたんだけど

その日じゃなかったけど、
ロサンゼルではスモッシュと動画を撮ってたね。
スモッシュは以前のナンバーワンだった。

YouTubeを見始めた時はスモッシュを見てたよ。
今でも見てるよ。

彼らにもインスピレーションを受けたよ。
めちゃくちゃかっこいいと思ったから。

一緒に動画を撮るのは夢のようだったよ。

 

「!」どうしてここまでチャンネルが成長したと思う?

いくつか理由があると思う。

まずはだね。
タイミングとか。

それと、コミット
初めて以来、毎日毎日投稿して来た。

1日で5300万の登録者は取れない。
時間をかけて増えていく。

それと・・・
何か違うことをやるまで誰も僕の動画に興味を持ってくれなかった。
自分のだけのものを見つけたんだ。それがホラーゲームだったんだけど。

それが初めて「次のも見たい」って言ってくれた時なんだ。

「サブスクライバーコンテスト」の時なんて、みんな同じことをやってた。
たくさんの人がやってるから、誰も興味を持たない。

だから、
他にないことをして、長く続けて、ラッキーだったことが成長の理由かな。

 

実生活で初めてチャンネル登録者にあったのはいつ?

その時はスウェーデンのパチェレンにいたな。
いつかは覚えてないけど。

そこの若いスウェーデン人たちの間でちょっとずつ有名になって行って・・・
よかったよ。新鮮だった。

今週も街でファンに会ったよ。
僕とマルツィアでいたんだけど、有名だってことを忘れてたんだ。

僕と写真を撮るための長い列を見ると、
「あぁ、これが今の人生だった。忘れてた」ってなる笑

 

「!」コメントの誹謗中傷にはどう受け止める?

よく聞こうとする。
本当の批判と、ただの暴言をフィルターにかける。

ほとんどの人がアンチを掃き出そうとするけど、
成長させてくれることもあるから、まずは聞く。

でもそれと同時に、強い心も必要だと思う笑

一つ一つ挙動が審査されるんだ。
自分自身でも、一つ一つの動画と言葉を審査する。

それで最悪の1日になることもあるけど、
進み続けるんだ。新しい動画を作る。

 

いつか動画を作らなくなる日が来る?

だろうね。
永遠に続けることはできない。
50歳とかまでやるかと言われたら、そうは思わない。

ファンの中には「いつまではやるの?」って気にしてる人もいるけど笑
それはいい兆候じゃないけど、まだ動画作るのは大好きだよ。

ゆくゆくは別の方法でやるとお思う。時間のかからない方法で。
今ではめちゃくちゃ時間かかってるから。

 

家族ができたら、彼らも動画に入れる?

赤ちゃんができたら、僕の動画に出るのが保証されるわけだ。
それは家族の乱用だぜ笑

 

新しいことを始めるたいミンングはいつ?

YouTubeより楽しいことが見つかったとき。

 

毎日動画を作ってる中で、どうやって新しいことを見つける?

今でもYouTube以外のことはしてるよ。
いろんなプロジェクを進めてる。
全部の時間をYouTubeに割くのはしんどいよ。

 

ウォール・ストリートジャーナルの記者に会うのはどんな気分だった?

実際に会ってなくて、電話で話しただけだよ。
実際に会えてたらと思うよ笑

あの時(反ユダヤ騒動)は異様だった。
でもそれが記者が家まで来た初めての経験ではなかったから対応できたけど。

初めての時は、ミシシッピ州から来たんだ。
配達員のふりをして、目の前まで迫って来た。

「じゃぁ10分犬を散歩させてる間だけね」って。
彼は満足だっただろうね。

どうやって住所を知ったんだ?って感じ。
まぁいいんだけどね。

「記者が来た」ってツイートすると、みんな
「それやばくない?」っていうんだけど、
気にしないよ笑

 

初めて受けたインタビューのことは覚えてる?

あぁ、覚えてる。
スウェーデンの地元新聞だった。

見出しは覚えてないよ。
ピューディパイのチャンネル登録者がなん人に到達したって感じだろうな。

 

今までの記事は保存してる?

母さんが保存してるけど、僕はしてないよ。

唯一持ってるのはタイムズの記事かな。

 

スティーブン・コーベイのテレビ番組に出るのはどんな気分だった?それまでに観たことは?

見たことはないよ。

みんな『「スティーブン・コーベイ」の番組に出れるなんてすごいぞ!』って言ってたんだけど、
俺は「やだよ、この人知らないし」って笑

今ではよく観るよ、彼は素晴らしい。

彼のことを知らないことには助けられたんだよ。
あんまり緊張しなかったから。

でもコナンの時は彼を知ってたから、めちゃくちゃ緊張した。
「うわ〜コナンだ」って笑

だから、コーベイの時は緊張しなかった。
でもステージに出る前は緊張してたのを覚えてる。家族も見に来てたし。

 

テレビに出る時はキャラを作ったりした?

キャラを作ろうとしたことはない。

キャラを作ろうとしたこともないけど、
PewDiePieとフェリックスは明確な違いがある。

前の動画で裸で叫びながら外を走り回ったけど、あれは完全にPewDiePieで、
フェリックスは絶対そんなことしない。

インタビューの時はフェリックスでいるね。
その方がしっくり来るから。

心の中では、縮こまってる部分もある笑

 

「!」メディアとの関係はどのようにしていこうと思ってる?

イギリスで「SUN」が僕のことを書いたのを覚えてる。
その時は「SUN」がタブロイド誌だって知らなかったんだ。

でもたくさん読み手がいるようだったから、「SUNか、いいじゃん」って。

取材は結構長くて、何時間かかかったよ。
戻って動画を撮りたかった笑

それで次の日、見出しを見てみたら、
彼はいくら稼いだって書いてた。
取材の数時間でそのことは1度も話してないし、僕の話を乗せてくれると思ったのに、
「どういうことだよ」って思ったね。

ムカついたよ。
そんなことを話してすらいない。

だから、距離を置こうと思った。
ウォール・ストリートジャーナルも、最初の記事はお金に関することだったし、
僕の名前は常にお金の話と一緒に載ってた。

気持ちはわかるよ。
お金の話は人の興味を引く。

で、それ以来出会う人がこう聞いてくるようになったんだ。
「ぶっちゃけ聞くけど、いくら稼いでんの?」って。

他の有名人にはそんなことしないのに、なぜか僕にはOKになってる。

 

お金はモチベーションになってる?

いや。
週に7本動画を上げれるのは、熱意だよ。

でも勘違いしないでほしい、お金は素晴らしいよ。
家賃を払えるし、いろんなストレスから守ってくれる。

インスタントヌードルを巡って喧嘩することもない。
犬の世話もできる。
お金は疑いなく素晴らしいセキュリティーだよ。

 

「!」動画を作りながら、自分のセリフが誰かを怒らせたりするかもしれなって考える?

そういうことは考えない。
僕をトラブルに陥れて来たジョークは、口をついて出て来たものなんだ。
動画のアウトラインは作ってるんだけど、完全に従うわけじゃないから。

思い浮かんだことを言うんだ。
「こんなこと言うつもりじゃなかった」って思うこともあるけど。

でもそれが受けたりする。
面白くて自分で笑ってたりするでしょ?

でも、百人が同じ反応をするわけじゃないから。

人を怒らせるのは本望じゃないから残念だけど、
僕はいけるとこまで行ってみたがるんだ。

 

「!」反ユダヤ騒動の後に、またヒトラーをネタにしたのはなぜ?

思ったことを包み隠すことはないって知らしめたかったんだ。

僕はナチをネタにするのはなんとも思わないし、
一連の騒動にもかかわらずネタにできるってことを示したかったんだ。

僕の視聴者はユーモアの問題を持ってないしね。
なんで視聴者でもない人のために、自粛しないといけないんだって思ったんだ。

 

動画を見て実際に傷ついてしまった人にはなんて言葉をかける?

なんて言うんだろ。
多分、「ごめんね」って言うよ。

そんな意図じゃなかったんだ。
特に僕の動画は傷つけることがゴールじゃない。
そんなバカなゴールはないでしょ笑

僕の動画のゴールは人を楽しませること、笑わせることだ。
たくさん動画を作ってると、間違うことも、うまくいかないこともある。

でも心が傷ついてしまった人には、
申し訳なく思う。
そんな風には感じて欲しくないよ。

 

もしYouTubeがなかったら、何をしていた?

難しい質問だね。わからないよ。

過去に、スウェーデンで一番大きい広告会社の仕事が取れそうだったことがあるんだ。
見習いとしてだけど、大きいチャンスがあった。

他の人と競った結果、その仕事にはつけなかった。
すごくショックだったよ。
フォトショップが大好きで、そこが自分の創造性を発揮できる場所だと思ってたから。

でもYouTubeがあった。
だから、この質問の答えはわからないな。

何になりたいかわからない時期は辛いよね。
当時は今のように幸せじゃなかったから。

YouTubeがなかったら、ここまで幸せになれなかったとお思う。

 

「!」これからクリエイターになりたい人たちにはなんて言葉をかける?

彼らがやりたいことによると思うな笑

YouTubeを始めたいなら、さっき言ったことを伝える。

自分だけのアイディアを持つこと。
強いYouTuberは独特なことをしてる。

「まだまだ頑張らなきゃいけない」って言う絶望感はよく覚えてる。
YouTubeでビッグになるには時間がかかった。

1年間誰、からも興味を持ってもらえなかった。

まだまだ与え続けなきゃいけないと思ってたから、
「やってやる」「俺にはできる」って自分を励ます反面、挫折感にさいなまれてた。

だから、コミットし続けて、自分だけの色を見つけて、幸運を祈ること。
これを伝えると思う。

 

自分のチャンネルを1位から引き摺り下ろしそうなチャンネルはある?

いい質問だね。

誰も俺には勝てないと思うぜ笑

 

まとめ

まとめられるか!笑

僕もこのインタビューを聞いてたくさんの感想を持ったのですが、
あなたと一番共有したい気持ちは、PewDiePieのファンであり続けたいと言う気持ちです。

これからも一緒にPewDiePieを楽しみましょうね^^

 

ここまで読んでいただいて、ありがとうございました!

ナオト

(もし面白いと感じていただけたなら、ポチッとしてくれると嬉しいです!)

にほんブログ村 動画紹介ブログへ
にほんブログ村